馬場美濃守の墓と中央構造線の露頭

長篠城を後にして近くの史跡を散策します。

画像

「馬場美濃守の墓」です。
長篠の戦いに敗れて退去する武田勝頼の殿軍を守り抜いて戦死した馬場美濃守信房の首を埋めた所といわれている場所です。
ちなみに戦死した場所は、ここから豊川の上流の「出沢」という場所だそうです。

画像

武田四天王の一人で、40数年の間武田三代に仕え、70回以上の戦闘に参加しましたが、長篠の戦いまでかすり傷一つ負わなかったそうで、「不死身の鬼美濃」と呼ばれているそうです。

画像

今は畑の真ん中にひっそりと眠っています。



画像

馬場美濃守の墓の近くに、もう一つ見所があります。

画像

マンション裏の駐車場横の細道を通って豊川に降りていきます。

画像

「中央構造線長篠露頭」です。
ここでは、崖の部分に工事現場のような足場が組まれ、外帯(南側・太平洋側)の黒色片岩の上に内帯(北側・日本海側)の花崗岩源圧砕岩が覆いかぶさっているようすをはっきりと観察することができます。

画像

長篠あたりは、日本最長の断層の中央構造線によって岩盤が破壊され、川に削られることによって急峻な峡谷ができやすくなっているそうです、これによって長篠城の天然の要害である急峻な崖が作られたそうです。

 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック