旧岩崎邸庭園 煉瓦塀と袖塀

上野公園や不忍池、湯島天神の近くに、元財閥の御屋敷跡が残っています。

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【撮影日2009/5/2】
「旧岩崎邸庭園」と呼ばれ、三菱財閥岩崎家の茅町本邸だった建物とその庭園を一部公園として整備したもので、園内の各種建造物は国の重要文化財に指定されています。

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現在の正門です。元は南側の切通坂に面した所にありました。

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屋敷を取り囲む煉瓦塀は当初、右側の様な煉瓦積み黒漆喰仕上げで桟瓦が敷葺かれていたそうで、耐震工事の際に出土した瓦で一部復元されています。

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江戸時代には越後高田藩榊原家の中屋敷があった場所で、明治時代初期に旧丹後田辺藩(現在の舞鶴)藩主牧野弼成邸となり、明治11年に三菱財閥初代の岩崎弥太郎が邸地を購入したそうです。

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大正12年の関東大震災の際には、屋敷地が避難所として地元住民に開放されたそうです。

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旧岩崎邸の敷地は、本郷台地の東の端にあり、台地下に当たる南側の湯島ハイタウンや切通公園、西側の湯島合同庁舎一帯を含む広大なものでした。
それにしても、この現在残っている岩崎邸の部分だけが、東側の台東区になっていて不自然な区界になっています。

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入園料は400円ですが、みどりの日(5月4日)や都民の日(10月1日)は無料公開されています。 

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正門から少し坂を上がった所に、壮大な袖塀(そでべい)がそびえています。

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中央には、岩崎家の家紋の「三階菱」が描かれています。

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裏側にも「菱形」の文様が。

今の三菱グループのマークである「スリーダイヤ」は、「三階菱」と、三菱初代・岩崎彌太郎の主君であった土佐藩の山内家の家紋「三つ柏」を組み合わせ考案されたものだそうです。

ちなみに「uni」の三菱鉛筆と「三菱サイダー」の弘乳舎はともに「スリーダイヤ」を使用してますが三菱グループとは関係ないそうで、両社とも三菱グループより先にスリーダイヤを使用していたのと、由来が違うのと競合製品が無いこともあってお互いに商標を認め合っているそうです。

ところで東京では「三菱サイダー」見かけませんね~昔大阪ではよく見かけたのですが。

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この記事へのコメント

2014年07月31日 21:35
今晩は。すごい遺産といえるものですね。驚きました。調べるほどに驚きが膨らみます。
2014年07月31日 21:56
行き当たりばったり 様
コメントありがとうございます。
岩崎財閥の巨大さと、建物に対する「こだわり」感が垣間見れる庭園でした。

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